Willys JEEP

前回に引き続き、福山自動車時計博物館の展示車両から個人的に気になった車を紹介

Willys JEEP

フォード・GPW。第二次世界大戦時代のジープです。

Jeepという名称の由来は、General Purpose(万能)、もしくはGovernment-use(政府用)のGとホイールベース 80インチの車両を表す識別符号のPからきた符号GPから”ジープ”と命名された・・・等々諸説あるそうです。
元となる設計はバンタム社であったが、弱小企業であった為、軍は設計図をウィリス・オーバーランド社とフォードモーター社に公開、改良をさせています。2次試作車はバンナム、ウィリス、フォードがそれぞれにプロトタイプを作製していましたが、
その後、ヨーロッパ戦線やロシア戦線に投入、一番性能が優れていたウィリス社が採用されました。(フロンドデザインはフォード社の物が取り入れられる)
1942年からはウィリス社とフォード社により同一仕様の生産が始まります。(基礎設計を行ったバンナム社は企業規模が小さかった為、JEEP生産からは外され、他の軍用車生産にまわされた。戦後倒産)
第二次世界大戦中には64万7925台製造されています。(1942-1945)
WILLYS MB 36万1339台(ウィリス製JEEP)
Ford GPW    27万1339台(フォード製JEEP)

 

ブランドは第二次世界大戦後にウィリス・オーバーランド社が商標登録、その後何度も買収と収集を繰り返し。現在はダイムラー・クライスラー社の元にあります。

SPEC
サイドバルブ2199cc  54馬力
ミッション/3速ミッション 2速マニュアル
駆動方式/4WD
サスペンション/リーフスプリング
全長3330mm 全幅1320mm 全高1320mm
重量1040kg
ガソリンタンク57L

実際に乗れるのがたまりませんでした

 

他にも国産大衆車も多数!

SUBARU360

1958年5月のから1969年8月までの長期にわたる総生産台数は39万2016台(SUBARU450含む)
当時の通産省が企画した「国民車構想」の規格を超えるスペックを誇る日本初の大衆車!
「マイカー」と言う言葉が生まれたのは、この車がきっかけだったと言われています。
愛称は「てんとう虫」
第一号オーナーは松下幸之助さん
発売年に1000台を突破し、翌1959年には5870台という当時では驚異的な販売台数を誇りました。

SPEC 356cc空冷2ストロークエンジン
馬力/16馬力
駆動方法/FR
全長2995mm
全幅1300mm
全高1335mm
車両重量/385kg

ちなみに、当時通産省が出した国民車構想は
1,4人乗り又は2人乗りで積載量が100kg以上
2,最高速度100km/h以上
3,平坦な道を60km/hで走った場合のガソリン1Lあたりの燃費が30キロ以上
4,大きな修理無しで10万キロ以上走行出来ること
5,月産2000台の場合、工場原価15万円以下、最終価格25万円以下
6,排気量は360~500cc  重量400kg以下

こういった大衆車の考えや流れは、現在の日本中走っている車からも感じることが出来ますね。

もうすこし続く・・・

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